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Cryptocoryne・クリプトコリネ取材日記 -The Equator Blog-

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部屋がグレードアップ

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私は常に自分のキャラクターで得をしていると思うが、今回も部屋がグレードアップして牢から部屋へ変わった。
木の板に落ちている段ボールと汚いクッション(ゴミに見える)を使えばベッドの完成。部屋の中に蚊柱が出来るほど蚊が多いので、蚊よけローションを塗ったくって就寝。




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なんと別室にトイレ付!とってもゴージャス!!
・・・水出ないけど。

囚われの身-The Man in the Iron Prison-

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「振り切って逃げたらショットされるかも」と思いながら連行中。拘束もミャンマー依頼で結構慣れた。




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実際に兵士の話ではこの島にはまだ1000人以上はアブサヤフが一般人に紛れており、毎日どこかで銃撃戦や爆弾テロが頻発しているのが現状のようだ。
政府の中にアブサヤフ支援勢力があるので大量な資金がテロリストに流れ、戦争が終わる様子はないのだという。




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地元住民以外が歩いていると(マレーシア人でも例外なく)拉致されて身代金を要求や政府への見せしめに首を切り落として殺されるのが一般的。その理由として一人外国人を拉致すれば超莫大な利益があり、殺害すればフィリピン政府にマイナスイメージの圧力を与えるためである。

軍事施設へ連行された私は軍の決定を待った。結論は夕方に出港する貨物船で強制送還であったが、私は断固として最短である明日の飛行機での強制送還を願い出た。
私はどのような形であれリサーチの為にこの島へ出来るだけ長く滞在する必要があった。鼻を利かせればこの島の匂い、湿度や気候を知ることができる。夜まで滞在することができれば昼夜の変化を知ることができる。トイレがあれば水質を測ることもできる。
私が軍に拘束されることは想定内であるが、その中でいかにホロ島の生態系を知る手がかりになる情報収集することが必要であった。

軍は外国人の身柄の安全のために一刻も早く追い出そうとしたが、私は牢に入ることを条件として提示し、ホロ警察へと連行されることとなった。




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ここがホロ警察署。2か月前に爆弾で敷地内の建物が吹き飛ばされた。今も無残に鉄筋の骨組みだけが残り放置されている。横の鉄柵が曲がっているのが妙に生々しい。




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隣の建物まで窓ガラスがすべて吹き飛び半壊。この事故で数名の警察官が亡くなったらしい。これが戦地の現状である。




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牢は昼間でも暗く陰気に満ちている。




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3畳ほどの狭い牢に6人の囚人が収容されていた。「今日からよろしく」と握手を交わす
牢はひんやりとして昼間でも涼しいが、凄まじい悪臭が鼻をつんざく。(当たり前だが囚人は風呂に入っていなければ当然・・・・)人の油が固まって蝋の匂いに近い
私は牢の片隅にある便器から這い出てきたゴキブリを3匹叩き潰し、床に寝転がりながらノートパソコンを開きこのブログを書いている。




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囚人への食事は白米と茹でバナナであったが味がないので不味い。親切な警察官がデリバリーを申し出てくれたので、私はパンシット(焼き米粉そば)を要求。

監獄と聞けばマイナスなイメージを持たれる方も多いと思うが、雨の日にジャングルで野宿をするよりは全然快適である。ただし匂いを除けば。

戦地の町

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何食わぬ顔でひょいひょいと空港セキュリティーを抜けてホテルを探していたら、一般人の宿泊可能なホテル無いようで、町には銀行もATMも見当たらない他とは明らかに異なる異様な風景の中を進む。
ここが町の中心地であろう場所で、フィリピンでは珍しく大きなモスクがある。




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半壊した建物の前で子供たちが元気にバスケットをしている風景。戦争ジャーナリストのジャンルになってしまうが、人々の背負った悲しさが伝わる良い写真だと自分でも気に入っている。




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町はやはりどこか暗く感じる。




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銃痕と割れた窓ガラスが印象的な建物。こんな劣悪な環境でも生活感がある。




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爆弾により破壊された建物。周囲には黒こげになったレンガが散乱している。私が前もってメディアから収集していた情報と現実はかなりの隔たりがあり、情報はフィリピン政府の意図でかなり操作されているのではないか?と感じさせるほど現状は酷く、まさに戦地である。

町の路地の角という角に軍隊が配置され、民家の裏路地を出たところで残念ながらフィリピン軍に拘束された。

紛争地帯の島へ〜Jolo Island〜

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現在紛争地帯と言えばイラクやアフリカなどに例を挙げられるが、アジアでもフィリピンのJoloとBasilanの2か所では今も紛争は続いている。
Joloへはミンダナオ島のZamboangaから小型機が飛んでいる情報をつかみ、まずはザンボアンガへと飛ぶ。




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久しぶりのザンボアンガに到着すると空港が奇麗になっていた。以前は銃痕が空港内のあちらこちらにあったが現在は修復されていた。




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こちらがザンボアンガ空港。現在も改装中??
ミンダナオはやたらと軍人が多い。




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超小型機に乗り込みJolo(ホロ島)へと向かう。チケットはフィリピンの友人にお願いして買っていただきました。(外国人はチェックがあるようです)




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飛行機内はNPOの医者とフィリピンの軍人が乗っています。ちなみに私は変装しているので顔が分からず、外見上はマレー語を話すイスラム教徒に見えるはず。




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ホロに到着しました。さてさてこれからどんな体験が待っているのでしょうか?

封印された大地〜ミンダナオ島〜

この島は長期にわたりキリスト教であるフィリピン政府軍とイスラム教であるモロ解放戦線&アルカイダ系イスラム過激派アブサヤフが内戦を繰り広げられてきた土地であり、いまだにその難題は解決に至っていない。
先日もマギンダナオで選挙立候補者の家族が虐殺されたり、アブサヤフによってNPOの人間が誘拐され行方不明になったりと、ゲリラのテロや虐殺を恐れて地元住民でも夜は外に出ないほど状態は良くないのが現状であり、ミンダナオ南部はフィリピンであってフィリピンではないイスラムの土地である。


私が初めてミンダナオのザンボアンガに入ったのは8年前、あの頃はザンボアンガがゲリラの勢力圏だったので軍隊の警備付きで回ったが外国人は行動に厳しい制限があったたずっと気になっていたのがこのミンダナオであった。
私が当時特に気になっていたのはイスラム過激派の本拠地であるバシラン島のイザベラとホロ島で、当時は人が行方不明になる島として原住民から聞かされていたのが強く思い出に残る。
待っても一向に情勢が良くならなければ秘策を持って飛び込むのがエクアトール流!自分の中にある試練はいつか乗り越えるものであり、今回は本格的にミンダナオを調査する下見が目的だ。

ブログを閲覧していただいている方の多くはミンダナオの内情を初めて目にする方が多いと思いますが、熱帯雨林気候であるミンダナオのベールが解き明かされていく第一章となるだろうが、今日もマニラ新聞にはホロで武装集団に銃殺され数人が拉致された。
昨日はマレーシア国境でマレーシア人が拉致されホロに連れ去られたという記事が記載されていたように悪名高い島がホロ島である。
つい先日も選挙がらみで立候補者一家が惨殺され、選挙を控えている現在はホロに滞在するのは1日半のみの予定である。



大きな地図で見る

ホロはこんな場所

もうすぐ選挙

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